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| 02.親父と「出会い」 07月19日 16:30 | コメント 5 通 |

- 中年親父どうしのデート

 十数年前に美味しい地鶏と卵を生産している業者を探していた。居酒屋を始めるに辺り、何が入っているか解らないブロイラーの肉に我慢がならなかった。
友人に紹介されて栗城さんのおたくをお邪魔してから十数年が経つ。それ以来、籠太の焼き鳥に使用する鶏の生産を栗城さんにお願いしている。俺はこの人との出合いがこんなに人間的にも影響を受けるとは夢にも想わなかった。
あるとき俺は話の勢いで「栗城さん農業もやろうよ!」とそそのかした。それからとうとう栗城さんは無農薬有機栽培の農業もはじめてしまった。あの籠太の美味しい野菜は栗城さんの養鶏場から出る鶏糞と栗城さんの想いと愛情が生み出す賜物であることは言う迄もない。
今でも時々二人でレストランで食事をする機会がある。中年親父とおじいさんのデートだ!赤ワインを飲みながら仕事の話、畑の話、挙げ句は人生論まで語り始めると時間のたつのを忘れて話している。「もっと早く出会いたかったですね~」いつもそんな話をする。何時しかそんな交流は私達を環境運動に導くこととなる。
故郷の山が虎刈りにされ、次々と貴重な自然が壊されていくのが我慢ならなかった。あのバブル最盛期の頃、私達はリゾート開発による環境破壊に反対して、水道水源地に様々なリゾート施設やゴミの処分場などを規制する運動の中心にいた。気が付いた時はずいぶんと大きな運動になっていた。
私達が反対した場所には、その前後に大きなホテルやリゾート施設ができた。しかしその後は何年も経ずして倒産や廃業が続いている。中身のない巨大施設をいくら作ろうがそんなことで地域は良くならない。自分達の住んでいる地域の自然を愛し、祖先からの受け継いだ伝統や文化を感謝の心を持って大切にし、その中で創意工夫することにこそ本当の発展があるはずだ。
世の中は私達が予想した通りになり、時代が変った。当時私達を変わり者扱いした連中が私達に講演を依頼するようにまでなった。日本で初めてリゾート法の指定を受けた地域で、とんでもないような反対運動が起こり、今でも頭の中が護送船団の夢から覚めない連中との地域の幸せを巡る熱い戦いが続いている。いつか見てきたあのヨーロッパの田舎のように静かだが心豊かな人が住む会津を夢見て今日も焼き鳥を焼く。
「いらっしゃい!おいしいお酒と焼き鳥があるよ!」

| 02.親父と「出会い」 05月25日 15:30 | コメント 6 通 |

- 木賊温泉

 最近温泉が大好きになってきた。出かける用事があると必ず時間をつくり温泉を探し入る。温泉には様々な思い出もある。この話をすると友人は吹き出しげらげら笑い出してしまった。
昨年南会津の舘岩村にある、木賊温泉に行ったときのことだ。川原の露天風呂に降りてゆき気持ちよく温泉に入っていたまでではいい。その内外の脱衣所のあたりで女性の声がする。やばい!と思う気持ちとスケベ心半分で、小沢昭一ならぬ親父の心は複雑に揺れ動いたわけであります。先客に男性がいるとなれば入ってこないかもしれない、などとあらぬ想像をして期待が膨らみつつもじっとしていると、この30代後半~40代ぐらいの女性軍、はずかしがる様子も無く賑やかにどかどか闖入してきた。いやはや賑やかな事はいうまでもない。親父はすっかり小さくなり隅の方でお湯から上がるタイミングを見ていた。そのうちにこの女性軍団、私の顔を見ながらニヤニヤしている。あぶない!危機的状況と判断、するとそのうちのひとりが私の方に近づいてくるではないか。いけない!貞操の危機と思いきや突然こう言った。「親父さん、鼻血がでているよ・・」
いや恥ずかしいのなんのって、親切に女性軍団はちり紙まで持ってきてくれた。『私たちそんなに魅力的かしら』なんて冷やかされ旧知の仲のようになってしまった。尾瀬に向かう帰り予定を変更して籠太のお客になってくれたが、最後まで冷やかされていた。

| 02.親父と「出会い」 04月14日 18:59 | コメント 4 通 |

- 涙の出る話

 いつも来るお客さんの中に子連れでたまに来る人がいる。お父さんは会社の人達とよく来ていたがたまに子供3人がお父さんに連れられてきて、行儀よくお父さんの酒に付き合い帰ってゆく。
まだ3歳くらいの女の子に紙とペンを与えてみたら 女の子が人の絵を描き始めた。これだれ?と聞いたら「おかあさん」だと答える。
この子の絵が気になり捨てないでおいた。後でわかったことだがこの子の産まれる時にお母さんは亡くなってしまったのだそうだ。この子は見た事もないお母さんを一生懸命書いていたのかと思うと涙が出た。
友人が飲みに来てこの絵は何ですかと聞いたのでこの子のことを話したら酒を飲みながら涙も拭かずに泣いている。「ばかやろう!酒飲みながら泣くな」なんて言いながら自分も泣いている。この友人も妻とのことで悩んでいたようだがあれからどうしたのだろう。
毎晩この小さな居酒屋で様々なドラマが演じられ夜が更けてゆく。立ち入るわけでもないし、見たくなくても、様々な喜びや悲しみを見させてもらう。
深夜自宅に帰り一人で「晴耕雨読」という焼酎を飲みながら闇夜を見つめて人の幸せについて考える。そんな時間が多くなった。妻はもう寝ている。

| 02.親父と「出会い」 02月04日 17:29 | コメント 12 通 |

- いい物が分かる

 アスパラがでた。いい物がわかるというのはそれだけでとんでもない事だと思った。この前板前らしき男が三人カウンターで酒を飲んでいた。中の一人が私を知っているらしく妙に気を使う。しゃべったこともない男に「親方」なんて呼ばれて気色が悪いたらありゃしない。昔、調理師会の会合なんかで顔を見かけたことがあるのかも知れない。しかしこんな柄の悪いのに親方なんてよばれたくない。そのうちにこの巻き舌でしゃべる板前らしき男に清ちゃんのアスパラを生で食わしてみた。しばらくしておまえさんこのアスパラの味わかるかと聞いたら「きょとん」としている。「これアスパラでしょ」。「そうだアスパラだ」。
このアスパラの味がわかるかと聞いているんだがどうもわからないらしい。全く、こんな野郎が多い世界から足を洗って何年になるだろうか。つまらない世界に嫌気がさしてしまったというのが正直なところだ。業界の中に浸っていると自分の中に定型句をつくってしまう。刺身はこうあらねばならない、煮物はこうあるのが当然だ、そんなプロの作る料理に興味がわかなくなった。そんな世界はもう相手にされたくもしたくもない。
それから素朴で物本来の味を活かした、心の琴線に触れるような料理を作ってみたいと願ってきた。物には物の味がある、人には人の味がある。ああ、こんな味があったのか、こんな世界があったのかと感動を求めてこれからも漂流していきたい。
この前カウンターに座っていた、白髪の品のいいおばあちゃん。手招きをするので顔を近づけたら「親父さん、醤油も塩も、オイルもいい物をお使いですね~」ときた。隣で娘とおぼしき人がニコニコしてる。巻き舌のあのちんぴら板前より、こちらの方が本物だ。こんな人の料理食ってみたい。

| 02.親父と「出会い」 04月14日 16:00 | コメント 3 通 |

- 出会い

 12年も居酒屋をしているといろいろな出会いがある。
居酒屋研究会の大田和彦氏も不思議な出会いだ。数年前のある日、いかにも居酒屋研究会と顔に書いてあるかのような男性が数人どやどやと店に入ってきた。どこかで見た顔だなと思った、このお客さんが入店してから妙な緊張感があった。なにかその筋の人が来た時も似たような緊張感があるが、それとは明らかに異なる。
そのうち、家の店に時々アルバイトに来ていた本名君が私にそっと、「あの人居酒屋研究会の大田さんだよ」とそっと言ってきた。もともとなんだか知らないがジャーナリストやマスコミ関係の人や芸術家らしき人が多い店だったがなにかマスコミの匂いがした。おれもあっ「そうそう見た事ある」と思った。いつかは来るだろうとは思っていたが、とうとうその時が来たなとおもった。後は小説新潮に掲載されたとおりである。
時々とんでもない人がお客としてきているが私は特別扱いはしない。サインも所望した事が無いし頂いて別に飾ろうとも思わない。ただ一個の人間として、居酒屋の親父と客として当たり前に接したいと思う。しかしお客様の中にはだまっていてロクに会話を交わさずとも、こちらが震えるほど寡黙な中に強烈なメッセージを感じさせる人もいる。しかし後には、心地よい至福感が残る。

| 02.親父と「出会い」 03月22日 15:26 | コメント 3 通 |

- 清ちゃんのアスパラ

 清ちゃんは、田んぼと畜産(種豚)を主体に有機栽培の農業をしている、籠太のお客様でも名だたる酒豪だ。こんなに飲んで大丈夫なのかというくらいしたたかに飲む。まもなく50歳になるのであろうがどこかに青年の匂いが漂う、その純粋な人柄に引かれお付き合いをさせていただいている。俺は飲んで酔いつぶれた清ちゃんを何度も自宅まで送っていった。
 その清ちゃんの作るアスパラが絶品なのだ。俺はそのアスパラが食いたくて清ちゃんの畑に何度も通う。雑草の中にたくましく芽を出すアスパラはとにかく美味い。アルミホイルに長いまま並べ、塩胡椒をしてお酒を振りバター一欠けを添えて蒸し焼きにする。美味い!感激するくらい美味い。
  こだわりでも何でもない、へたくそ料理人の俺のこんな料理を食べてくれるお客様に感謝しているがいつもどことなく後ろめたい気持ちがつきまとう。(自信がない・・) せめて塩や酒、酢や味醂は自分の手に及ばないところで作られるのだから。それぐらいは最高のものを使わないと申し訳ないと本気で思っている。
 野菜だって同じだとおもう、これからも自分が食いたいと思っているものを提供してゆきたい、だけれど俺は百姓は出来ない、だからがなるべく安全で美味しい物を探している。清ちゃんの作る米も美味い日本一だと思う。

| 02.親父と「出会い」 11月08日 16:24 | コメント 4 通 |

- トメさんとの約束

 トメさんは取引を始めた湯野上温泉の駅前、渡辺酒食品店のかあちゃんである。トメさんも先年亡くなった。トメさんはよく電話で注文すると注文を間違えた。電話に出ると素朴な声で、『モスモス渡辺です』と激しくなまっていた。徳さんにその声を真似て聞かせて大笑いした事がある。
 葬儀の席でトメさんの遺影にこういって別れを告げた。
 「トメさんあんたとの約束は果たしたよ・・」
 取引が始まり、まもなく湯の上の渡辺酒食品を訪れてみた。今夜は泊まって酒でも飲んでけれと言われ、利き酒のつもりがすっかり酔ってしまった。
 「必ず徳さんの酒が売れるようにしてみせる」これがトメさんとの約束であった。もちろん私が彼の今の繁盛を作ったわけではない、徳さんの努力の賜物以外の何者でもない。しかし当時私も徳さんも貧しかった。相変わらず私の店には客は来ないし、湯の上の徳さんのお酒もあまり売れなかった。
 冬、お店のスト-ブの前で暇な二人はどうしたらこのいい酒が売れるようになるか。
どうしたらお客様がきていただけるか、そんな話ばかりしていた。時間だけが過ぎていった。

| 02.親父と「出会い」 10月27日 17:23 | コメント 2 通 |

- 俺頭おかしいのだろうか

 昔、10数年間の話だが俺も苦しい時代があった。勇んで会津に懐石料理の店を出したはいいが、お客が来ないのである。来る日もくる日も猫さえもこないのだ。
 そんなある日、一人の若者が酒屋の前掛けをかけていきなり調理場に飛び込んで来た。酒の飛び込みセールスである。
 いきなりこのお酒試飲してくださいと来た。目がぎらぎらした若者だった。何故か昔学生運動をしてた頃の友人達を思い出した。そういえば昔の仲間もこんな目をして いたなと懐かしさが親しみを感じさせた。
 彼が私のところに持ち込んだのは『久保田』という新潟の酒だった。
 こんな酒は初めてだった。水のようなさらさらした酒なのだ。会津の酒は甘ったるかったのが多い中、こんな酒が受けるだろうかとさえ思った。だが何か強く惹かれた。この若者は毎日閉口するほど私の店に通った。彼には取引頂くまでは梃でも動かないというような決意が感じられた。
 しばらくして彼が久保田の万寿と石川県の天狗舞の大吟醸の四号ビンを持ち込んで私たちに試飲させてくれた。飲んだ瞬間、どう表現してよいかわからないほど感激した。日本酒ってこんなに美味かったのか・・・。体の中に酔いと共に衝撃が走る感じがした。
 売り込みに来た若者、渡辺君に聞いた。「毎日こんな酒を持ち歩きながらそうやって営業しているの?」「ところでこんな酒誰か買ってくれた?」と言ったら誰も買ってくれないと言う。もう300件以上歩いていると言う彼が肩を落して語った。これが徳さんとの出会いだった。
 俺頭おかしいんだろうか?本気でそう思った。

 
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