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籠太大昔話し(六)

弥太之進の夕涼み

 城下に暑い夏が来た。弥太之進のすむ長町も蒸し暑い日が続く。若松の城下では城下の老若男女、身分を問わず夏になると、滝沢の奥にある不動様に詣でるのが習わしとなる。いつのころからはかは定かでないが滝の傍らに不動様が勧進され、祠が建てられた。不動様の近くには大きな滝があり谷間の下の流れ落ちる。あたりは沢沿いでもあり、涼しさは格別の地。参道には夏ともなればにわか仕立ての茶店が並びそれはにぎやかなものである。

 さて、長町足軽屋敷の悪弥太ども、毎年なつともなれば語らい夕涼みの出陣となる。蚕養神社の前をとおると、まもなく我が街道茶屋籠太の前に至る。

 籠太にはかねてより目当てのほれたる娘がいる。山仕事の帰りに時折寄りて、なけなしの金をばたきて田楽を食らうのが無常の楽しみなり。狂歌にも歌う「四方味噌、弥太にのみ塗たぐり漬けたる、茶屋の田楽」弥太之進に茶屋の娘もまんざらでもなし。くれば弥太之進の注文せし豆腐田楽には、四隅にしたたり落ちるほどの味噌を付けての大サービス。

 紅顔純情の弥太之進、用もないのに立ち寄りて娘に「水をくれとの」との催促、「今日は爺さんは居ないのか」と訪ねれば「畑にいる」との事さてこれ幸いと、今日こそは我が想いを打ちあげようと意を決すれどもたもたぐずぐ言葉にならず、あせればあせるほど紅潮し、何をしてるか弥太之進、あげくのはては喉が乾き幾度も幾度も水をお変わりする始末。

 結局は友に呼ばれ、何も言えずじまいで、駈けだしてゆく弥太之進、不動滝まで一目散に駈けだしてお参りもそこそこに、熱くなりし頭を滝の水にあてての不動参りと成す。

 やがて頭も冷えて辺りに夕闇が迫る頃ともなれば。懐寂しく、籠太に寄ることもままだらず、せめて娘に聞こえんと謡曲「鉢の木」を大声にて放吟するすがたぞ侘びしかり。

 
     
     
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